2026/06/27 14:14

展示台の上に置いた一つのパネルに
「魚を楽しむ」と書いた。
人にはそれぞれ、その人だけの生きてきた道がある。
だから、私の実体験がそのまま誰かに当てはまることはないと思う。
私だけが奇想天外な道を通ってきたわけではないけれど、私が通ってきた道も少し変わってるかもしれない。
それでも、「なるほど、ちょっと楽しそうだ」と思ったら一緒に魚を楽しんでほしい。
魚を楽しむと日常が楽しくなる。
それを、私の実体験で話してみようと思う。
もともとは特別な日、特別な体験に楽しみを見出していた生活だった
私が通ってきた道が少し変わっているかもしれないというのは、今は魚の絵を描く人だけど…
高校卒業するまでは器械体操
大学では音楽大学で声楽専攻
卒業してしばらくはフリーターしながらオペラや合唱、結婚式場の聖歌隊、ミュージカル
その後は楽器屋で音楽教室の受付と募集業務という道を通ってきたから。
そのほとんどは、地道に地味な練習をして本番で幸せを感じることだった。
でもそれは、私の生き方とはちがう生き方の人も同じだと思う。
学校で毎日同じルーティーンで勉強していて、土日遊びに行くときが楽しかったり
仕事で資料を何日も作っていて、それを提出した後のビールがおいしかったり。
たまーに食べに行く外食が幸せだったり。
がんばった後にドンっと幸せがきて、また日常に戻る。
私の場合はオペラとかだと半年地道に練習して、本番の高揚感や打ち上げの楽しさが来るとか、かなり落差が激しかった。
時には地道な時間が長すぎて全部嫌になったり、本番に失敗して幸せの消化不良が起きたりした。
そんな生活を続けていたら「特別な日」を過剰に求めるのが癖になっていった。
偶然の出会いから知った生き方
私が魚の絵を描くようになったのは、そんな中だった。
インターネット上で偶然知り合って、インターネット上で遊んでいた師匠(魚の絵を描くきっかけになった方)に誘われたからという理由で魚を描き始めた。
魚を描くうちに、魚好きな人達のTwitterをよく見るようになった。
そこで、なんとなく気づいたのだけれど…
魚好きな人や生き物好きな人は、すっごい身近なことを楽しそうに投稿する。
師匠もそうだった。
綺麗な空
おもしろい魚が売っていたこと
食べた魚が美味しかった
いい水路があった
地面に生えてた植物の写真
人が撮った水族館の写真
魚の絵
見えているものは同じはずなのに、私は今まで気づかなかった楽しみが色々あった。
土日じゃないと無理なことももちろんあるけど
空を見て、地面を見て綺麗だなと思うこと
スーパーで売っている魚を見て気になったものを買って食べる。
そんなことは、平日仕事の帰り道にだってできるのに、やってみたら楽しいのだ。
日常の外にだけ「特別な日」「特別な体験」を作ると、その特別には負担が大きくなる。
我慢する期間やお金がかかるほど特別になっていくし、それは麻痺して、より大きなものを求めるようになる。
でも、生き物好きな人達の生活を見よう見まねで真似するようになり、身近な日常で楽しいこと、綺麗なものを探すのがうまくなってきたのだ。
そして、それを共有すると一緒に楽しんでくれる人達がいる。
それもまた楽しい。
一緒に魚を楽しみましょう
なんだかんだ色々あって、今私は魚の絵を描く人だけど、まだまだ魚を楽しみつくせてはいない。
私は魚の絵を描くのが楽しいし、描くために調べるのも楽しい。
一度描いたことのある魚はちょっと特別になって、
その魚を釣ったとか、婚姻色が綺麗に出ている写真、その魚を食べてる人のX投稿を見るのも楽しい。
絵だけでも十分楽しみは広がっているけれど、もっともっと楽しみたい。
美味しい魚をお刺身にして綺麗に盛り付けて投稿している人と仲良くなったら、自分もお刺身を食べるのが好きになった。(苦手だった。)
水族館めぐりをしている人と仲良くなったら、自分も水族館に行っていろんな写真を撮りたくなった。
魚を撮る用のカメラを買って、また楽しみが増えた。
交流ある魚絵師がみんなで同じ魚を描いてたら、自分も描きたくなる。
そんなふうに、一人で楽しむだけではなく周りの人の影響、魚愛好家たちの「好き力」に惹かれて、私は魚を楽しみ魚の絵を描いている。
色んな人達と関わると、もっとずっと楽しいに違いない。
それは、私が楽しくなるだけなんだろうか?
そんなことはわからない。
でも、私と結婚してから夫は水族館を一緒に楽しんだり、急に昔やっていた釣りを子供と一緒にしてみたり、
家族みんなで水路を覗いて魚を探したり。
…そう考えると、楽しんでいることもありそうだ。
私の“好き力”も、少し出てきたのかもしれない。
好きなものを楽しそうに語る時、それは周りにも楽しいこととして映ると思っている。
だから、このブログを読んでくださった方もぜひ
一緒に魚を楽しみましょう。
